状態を超えて在る (1970)
 

 たまたま地上を離れて高い所に登ったとき、われわれは高いという実感による怖さよりも、自分の身が支えられていない、あるいは支えるべきものが一つもないという理由で怖さを感じ、〈高い処〉の場所を認識できる。脚で立つことには変わりはないのだから、飛んだり跳ねたり自由にできそうなものだが、足場の板の下、なん尺かは何もない空なので、よく考えてみると、何もないことによって人は自由を制御されていることになる。
 また、高い所ほど、人が大地そのものを感じとる場所はない。大地では何もすがりつくものがなくても、人は真っ直ぐ立って歩いていられる。いつでも、何かの拍子にころんでも、人の背の高さ以上には下に落ち込んでいかないのだから、特別身体を支えるものをつかんでいなくてもよい。
 建築の図面や巨大な機械の設計図を、何かしら物をつくるという人にとっては、見たり、描いたりすることはたぶんに必要なことだが、図面が確実に現に出来上がった建物やら機械の空間の膨大さや、実際に使用されている材質の確かさをさし示しているとは限らないのだ。極端にいえば、図面の中の記号が石やら、鉄やら、グラス・ウールやポリウレタンの板を示しているとしても、そういう物を記号の上の約束として知っているもの以外に、想像の中で一つの定まった事物を想い浮かべることは困難である。たとえ考えられたとしても、縮尺された物であり、すべてが紙のようにヒラヒラした物でかこわれた、あるいは組み立てられたそれらであろう。人が個々の材質に対していだいている認識と、実際によせ合わされた材質とはおのずから異なっていなければならない。
 プランニングがそれ自体で完結しているかどうかという論議は、現実にできたものとプランニングとがまったく異なる次元のものである、という視点に立たなければできないものである。ミニマル・アートや構成主義の造形が必ずといっていいくらいプランニングを必要とし、出来上がった造形をフィード・バックさせて、ピッタリ図面に合うようにつくり変えるなどということは、人の知らず知らずにおこなっている根源的な動作を制御しているのだ。往々にして視るものは、人の計算の上ではどうしようもない手ちがいに対して、異和感あるいはこれは何なのか、という不可思議な疑問符をもつ。プランニングと実物との間に落差が大きければ大きいほど、作者の意図がどうしようもなく人をひっぱりこんでしまう。
 物が出来上がってしまった後で、よく設計図やら図面を同じ場所に貼ったり、提出したりする傾向が二、三年前にはやったが、あれは人の観念操作や、想像力を完全に無視したやり方にほかならなかった。つまり、実際にあるものに対して自由にもつ視覚者の思考を統制したという点で、現在の造形が観念操作そのものの表象化として提示されてきたことは当然の成り行きかもしれない。
 プランニングがなにかしら視覚的な造形をつくる前提になる、あるいはプロセスになるという意識がある限り、プランニングは永久に完結しえない、また見せる必要のないものだ。プランニングが、何も表象作用として視覚化されないか、あるいは視覚化される意味をもたないときにはじめて、プランニングはプランニングとしての自立性をもつことができる。プランニングが人の手で簡単に形づくられる図式や数式、記号だけであれば、われわれは強いて物などつくる必要はないのだ。
 プランニングという操作が、想像行為から視覚される表象作用にとりいれられることが一般化してしまった時点では、プランニングを見せるということの裏付けを失っている。なんらかの創造行為を否定したときにだけ、プランニングが重要な起点となるのも、ものをつくろうとするものにとって、皮肉なことではなかろうか。
 図面を引くその時間的な過程では、図面にしるされた記号や線や矩形が現にあらねばならぬ事物なり事象の、または、あることが近い将釆に予測される事物を対象にしるされたとしても、それは仮想の事象の記号化、図式化であって、現にあるものの記号化、図式化ではない。頭の中で考えられたそれぞれの自由な約束事でない仮想の記号や図式を、約束事である仮想の記号や図式に置きかえただけなのである。
 一九六〇年代になって、ジャスパー・ジョーンズやロバート・ラウシェンバーグ、クレス・オルデンバーグ、トム・ウェッセルマン等のネオ・ダダやニューヨーク・ポップのメンバーが日本に紹介されるようになってから、アメリカから帰った一人の批評家が、作家がそれぞれ膨大なメモやノートを大切にもっていて、人には見せたがらないというようなことをいった。アメリカそのものが形象を考えていく場所というよりも、何かに気づく場所であることに気がつけば、膨大なメモやノートが、どれだけ個々に造形者たちを孤立させるのに役立ち、また、なにか自分だけの形象を保有するということで、アメリカを、そして自分の中のアメリカ人という意識を告発しつづけてきたかがわかるのである。
 これらの膨大なメモやノートが、物をつくるということに関してのみ書かれているものでなく、日常の中のあらゆるもののうちから自分の感情に強く作用するものに気づき、それを自分なりに分類し、たまたま分類の最終段階として、立体なり二次元キャンバスが用いられたというほうが強いのである。もっと明確にいうならば、アメリカ人の作家は独自のメモとしての意識で、創造行為が生まれてきたのであって、物をつくる意識からメモが必要だったのではない。対社会、対人間、対自己としての告発書というべき観点から、ジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグ等々の膨大なメモが必要かくべからざる位置を確保している。
 膨大なメモは、いわばアメリカ文明思想、強いていえば西洋思想全体に対する認識過程の所産といっていい。〈膨大なメモ〉はあまりにも形式化された物の見方や観念思考をぶち壊すための重要な手がかりであり、つくるためのものでなく、壊すためのものだ。
 日本にいるとき、気持の悪い棺桶のようなものをつくっていた荒川修作が、アメリカに渡ってから急転換し、ダイヤグラム・アートをやりはじめたことは、東洋的思考法と西洋的思考法との違いを暗に明示している。
 若い日本の造形家がむやみやたらとぶ厚いメモ用紙などをもって、自分を売り込むのにけんめいだけれど、はたして、これからの造形家にとって安手なメモを表沙汰にするべきものなのかどうか疑問である。われわれがメモをとる場合、なにか視覚的なものをつくる前提をつねにもっている。ものに対する、ものをメディアにした空間性なり、時間性に対する追求の手段である以上、メモは造形のための二義的な意味しか有していない。
 どうしてもメモやデータが必要であるなら、何かを変革しなくてはならないはずである。アメリカ人が対社会、対自己変革のためにメモやデータを必要とし、われわれはものをつくる意識の時点ではメモをもつ理由を失い、それゆえ直接ものそれ自体を変革しなければならなくなった。

 

 出来上がった造形の痕跡を残しておくために写真を撮るけれど、最近はできたものを保存しておくということをしない、しないというよりも保存しておくことができないというほうが正しいだろう。出来上がった当時は、たしかにそこにあるのだが、客体に対する意識の流通作用がなくなると同時に事物は解体し、〈有る〉状態から〈在る〉状態に移行する。〈有る〉状態は事物がある状態よりも、事物の〈有る〉状態を通して観念思考の有無に重点をおいているのである。ということは〈有る〉状態が現に人の手を加えずに事物があるというのではなく、人工的に手を加えたり、行為動作や、機械を用いて、一度なんらかの作用をその事物に加えた後でそこに現出したものの状態をいうのであって、〈在る〉ということは時間や空間やものの不変性を含有して、現に目にみえている事物のまさしく有るということにほかならない。
 〈有る〉状態は人によって二義的につくり出されたものであり、それはものをつくるという意識に連結している。〈有る〉という認識の以前には当然〈無い〉状態を極にもっており、〈無い〉状態から〈有る〉状態にいくには必然的に視覚化される要素が必要になってくる。もし〈有る〉状態が視覚化される造形の立脚点だとすれば、〈無い〉状態も非視覚化されたものをつくるという作業の一環であることにまちがいはない。
 ものをつくる認識が〈なにかが有らねばならぬ〉という認識に立っている以上、われわれは要素としての〈有るもの〉をなんの疑いもなく信じていることになる。そしてそのことは、人によっていろいろな素材を使ってつくられた、物の素材の概念を壊さぬ限り、別の次元の新しいものをつくり出すことができない。
 〈有る〉状態を想起することによって、われわれは仮想の世界から実有の世界へ入った。これは〈有る〉という認識が明らかになにかをつくる認識をまぬがれない。そのうえ、つくった物があるという認識で、われわれは観念作用か、表出作用かが消失した時点でも、その残骸を壊しえないのだ。
 事物が〈在る〉ことの認識は歴然としてあることであり、〈無い〉という状態を想起しえない。人工的な制約を離れたところで、つまり、人の創造作用をまったく無視したところで、どうしようもなくあることである。〈有る〉ということは状態の認識であったが、〈在る〉ことは物量的にあるというそのものの認識である。〈在る〉認識のなかには、新しくつくりかえること、あるいはまたなにかしら構造的な組立のなかに、ある実在感をぶち込んでユニークなしろものにする加虐的性格を抹殺している。
 〈在る〉状態のそのことがわれわれにとっては、もっとも独自性のあるユニークなあり方そのものということができる。〈有る〉ものをそのものの極限的な〈在る〉状態に置きかえること、通常のわれわれが認識している一般的な物のある状態から、それぞれが孤立した〈在る〉状態へ移行させることが、人がものをつくる意識をのりこえる糸口ではないだろうか。
 造形者は少なくとも何かしらものをつくる潜在的な意識なり、観念性なりを棄て切るところからはじまらなければならない。ものが一般的にある状態から極限としての〈在る状態〉を認識するに至るには、媒体として人の行為を必要とする。一人の造形家が鉄の板の上に大きな石をのせたとする。物の上に物をのせるという行為の性質によって、われわれはものとものが、ものと人が共通の次元(場)を獲得したことを知るだろう。一歩進んで、鉄と石とが絶対に別個に置かれないという必然性があるとすれば、ものとものとの状態の性質がそうさせているのだ。
 一本の材木があり、それをなにかしらの方法で立たせた場合と、人の手を離れてそこに立っている状態とは異なるのだ。立たせることは、ものをつくる作業というよりは、根源的なもののあり方を変化させることであって、もしかしたら材木は横になっていたり、または地面に埋まったり、折れたりしてあるほうが自然かもしれない。立たせることは、材木が立つという前提をふまえて、立つというもののあり方の性質を、立たせるという人の行為の性質に還元してとり出したといえるのである。しかし、材木が人の手を離れて歴然とその場に立っている状態は、何かの支えによるか、あるいは何の支えもなしに立っているか、いずれかの立つ状態を保持するということであり、これはものの立つという根本的な在り方の性質を問題にしているのである。このとき、人の行為が最終的にものに密着して、痕跡を残すというようなことはほとんど〈つくる〉という観念の上にでてこないはずである。
 人は日常、同じような動作を何度もくりかえしながら、同じ動作をくりかえしているという認識をもっていない。同じ動作でも、動作をするときの状況なり、対象なり、方法なりが結果的に同じであっても、異なる性格をもっているからだ。われわれにものをつくる意識がなくても、ものが現になんらかのかたちで現われてくるのは、動作がものを誘引するというくりかえしのパターンをのがれてはいないからだ。
 ある作家がものと最小限にかかわりをもつために布をたゆませたり、石ころに数字を書き記したりしたけれど、これは逆に最大限にものとかかわり合っているという姿勢なのだ。布切れ自体、とくべつに人手を借りることなく、たゆんだり、シワになったり、汚れを吸い取ったり、のびたり縮んだりする。が、作者はもっと露骨に、布の表面を見た目に余計にたゆませるということで、絶対に人の手でしかできない布の状態をつくり出したのであった。布がゆがむということは、いわば布自体にとっては自然なかたちであり、その自然な認識のなかに不自然なゆるみを挿入することは、布の成り立ちの始原的な命題にかかわることであって、作者はそれを布でしか表現できないという点で、最大限にものに執着しているのだ。
 人には、現実にもののかたちがそこに在りながら、本体が見えない場合がある。なぜなら、〈在る〉状態には何も記号化された部分がないからであり、石に数字を付することは、〈在る〉ということそのものの記号化であった。しかし、ここでは〈いかに在るか〉という在り方に疑いをもっていない。数字が付されるべくして在る石の状態を認識していたかどうかわからないが、数字が付される絶対的な理念があったとすれば、数字という記号が人にすべて同じ比重でかかわっていることを無意識に信じていることになる。数字は自分だけが用いる私用物だとすれば、それはたしかに〝記号〟としての役目をはたすかもしれない。数字があり、石があり、数字に何なにかに付されるべき性質があり、石に何かを付される性質があるとすれば、たしかに〝数字を書き込む〟時点で、人が最小限に入り込める余地が石と数字にあったかもしれないが、数字がしるすものという必然的な役割をもち、石がこのようにあるべきである在り方の必然性をもっていない限り、最小限にかかわる以前にまったく無意味な所作といわねばならない。
 ものが不変的な在る状態を現出するには、人の行為をともなったが、それは手段としてではなく、行為そのものの不変的な要素をものの可変的な要素と嚙みあわせることによって、〝そうあらねばならぬ〟不変的な在る状態をみせたのであった。しかし、われわれはものの不変性それ自体を視ることはできない。もし、ものの不変的な面をより多く認知しようとすれば、ものの実在の観念を打破しなければならないのである。
 人は、ものを、ものが〝在るように〟視た。これに相反して、〝在っても、無いように〟も視られるのである。一年前にはやったトロンプ・ルイユやトリックス・ヴィジョンによる造形は、ものが変容していく前提である、ものの実体が現に在るという現実認識をおろそかにしたゆえにつづかなかった。
 現在、コンセプチュアル・アートとかナチュラル・アートとかエア・アートとか、いぜんとしてアートという、なんだかわからない名目にあまんじながら造形がつくられている。われわれにとって、造形とは目的性のない仕事、つまり仕事の仕事をやっているに過ぎないのだ。目的があってはじめて何かをするという仕事の概念規定があるのであって、なんとも規定されえない〈仕事〉そのものであり、無目的であるゆえに、われわれの仕事は仕事としての位置を保っている。
 ものをつくる場合において、つくる認識を棄て切ることがまず必要だったということは、人を主体においたものの見方でしか、通常は対象物を客観的実在としてとらえられなかったことの証である。本来は、〈視る〉以前にまず〈在るように在る〉という、人とものが同格に並んだ時点で感知しなければならないものだ。人は、視るという客観性において、人がものを〈視る〉という一方的な見方でしか〈ものの在り方〉を認知できない。ものがものとしての在り方を念頭においた認識ができないならば、ものはつねにものそのものでない状態でしか感知できないことになる。
 ものをもので否定することによって、ものとものとが同価値であり、同位置を有していることに気づくのである。われわれは確かにものでもって、観念といわれるたぐいのものを表象しようとしているが、はたして表出しようとするものが観念思考それ自身であるのか。否、われわれはものが非対象物となったときに、非対象物としての実体であるものを認知しているにすぎないのだ。
 ものをもので否定する一つの方法は、もののもつ先天的な特性を、それらのものでしか表象できない〈現象〉として表出することである。たとえば、ガラスを石で割るとか、ゴムの上に金属をのせるとか、それぞれの特性をかけあわせ、ものそれぞれをないがしろにした部分で成り立たせることだ。しかしこの現象は、自然発生的な現象とは異なって、〈現象〉の発生する起点が、起こりうべくもなく起こったという意外感と、自然に消滅せずにその状態がゆるされる限り持続するというものの永続性とに裏打ちされているということである。また、その〈現象〉が発生するときの物理的な作用が、その〈現象〉を消滅させるにあたって、同じ比重の行為作用が必要だということだ。ガラスが石の重みで割れたとき、ゴムが金属によっておしつぶされたとき、人は日常、ガラスやゴムのもっている割れること、のびたりちぢんだりする性質を知っていて、そういうことでしか人はガラスやゴムと共通の概念の場をもちあわせていないのだが、目の前に割れてしまったり、のび切ったり、ちぢんだりしてしまったガラスやゴムがあっても、概念としてつながる場を失ってしまうのである。それゆえわれわれは、〈割れたもの〉〈おしつぶされたもの〉としてまったく新しい未知の概念規定をもたねばならない。つまり、互いにものがものでなくなったところで、新しいものへと遭遇する場をもつのである。
 〈未知のもの〉をさぐりあてるもう一つの方法は、ものの質量、形体、容積あるいは時間性なり空間性なり物質性なりを、同質の素材をもちいて変容させ、明らかに〈異なるもの〉としての感性を表出する仕方である。〈現象〉の場合、異質な素材を同時にぬきさしならぬ相互的なものの状態に置きかえたが、同質のものにおいては、相互作用としての対象はその物自体でしかなく、主体も客体も同化し、ものそのものが実感をともなって視覚するべき事物として在るのである。この〈在るもの〉を現出するために、もちろん人為的な作為が課せられ、機械的な処理がほどこされる。しかし、われわれはそれを問題とするに足りない。要はその在り様を、変容され、たしかにそこにあるということの認識をもつだけで足りるのだ。
 規定され認知されていた一つのあるものが、一つのあるものを切りくずし、別のあるものへと変容する。実在から実在へ、ものが決してものの概念からのがれ切れないところで、ものはものとしての変容を試みるのである。
 虚構から実在の世界へ、虚体から実体へ、観念から実体へ、またその逆もしかり。われわれはつねに、相対的に何かを基準にしながら表象することで、思考してきた。ここにきてはじめて、ものがもの自身の基準でそれを否定する意志をもちはじめたことを知り、観念がものとものを、〈作為と不作為〉をはかりにかけたときに、われわれは何かを〈つくらねばならない〉という近代的な創造思考の弊害に、すでに落ち込んでいるのだ。
 人だけでなく、もしもあらゆるものが批評精神をもつとしたら、ものが人を、ものがもの自身を批判していいはずである。ものをつくる意識がなんらかの抵抗の意志表示であるなら、できたものが、それをつくった自分をも含めて、その創造意識や作用というものを、そしてそれに平行している行為動作というものをあからさまに批判の対象にしていることを知らねばならない。われわれはつくるものをあまりにも信じすぎているために、ものの本質、〈行為〉の本質、〈視る本質〉そして、〈認識〉することの本質を見破れない。
 創造行為が一つの定理をもったときに、われわれはその定理を打ち破るべくあらたな方法論をみいださねばならなかった。人の頭脳で思考する、ものをメディアにしたやり方は、すでに観念の有限性によって、つまりリアルな実感を喪失したことによって、自然崩壊するにいたった。一つの底流にある観念の糸を少しずつたぐり、連鎖的に表象作用を変えていくやり方は、きわめて古めかしい哲学を論証するごとく、意味もなく自分を定理の中にあてはめてしまうだけである。

初出:『美術手帖』特集・発言する新人たち、第324号、1970年