場の論理 アースワークによせて (1977)
 

 1 だいたい美術家というと、世間一般の人々はアトリエや特定の作業場をもっていて、気がむいたときに絵筆やノミをもって仕事をしている連中と思っているらしい。たしかにその認識の九〇パーセントは正しいでしょう。しかし、残りの一〇パーセントの美術家についてはどうかというと、必ずしもそういうタイプではないようです。おそらくわたし自身もあとの方であると思います。
 では、一〇パーセントの美術家(日本在住の)の方々はどんな方法でもって、かれらの仕事を遂行しているかというと、かなりイージーな制作法をとっているように思われます。これは単にイージーなやり方がかれらのコンセプトを最も直截に目に見えるモノにできるというだけでなしに、現在における表現のかたち、さまざまな美術観の台頭、表現メディアの多様性、芸術史観への疑問といったことが、かれらがイージーな制作法をとらざるをえないことに絡んでいるようです。またこのイージーな思考行動のなかには、それまでの美術状況の閉鎖性に対する反発といったものがあるでしょう。
 それまでというのは、六〇年代中盤までの美術状況をさしています。その頃までは、彫刻は彫刻、絵画は絵画、版画は版画という風に個々の作家がそれぞれの表現メディアを守って、そのなかで表現のリアリティを追求していた時期でした。が、六〇年代後半にいたってミクスト・メディアということばが通常口にされるほど、一人の実作者が、ひとつだけの方法や、メディアではなく、複数のものを使用して、できるかぎり的確にコンセプトを現わそうとした時期がありました。ひとつの表現意識を、ひとつの表現手段で現わすというかたちのなかにひそんでいる閉鎖的な考え方では、もうとらえきれないほどの美術レベルの問題意識がでてきていたということです。そういう問題意識と格闘し、自ら納得して、結着をつけるには、ただアトリエで黙念としてキャンバスや大理石にむかっていたのでは埒があくはずがありませんでした。
 ついでにいうと、わたしも幸か不幸かこれまでアトリエをもったことがないのです。なにもかっこうをつけているのではなく、その必要性を感じなかったのです。というのもそれは、現在わたしがおこなっている美術の性格から必然的に、屋内の密閉された空間よりも、野外の開放された空間の方がやりやすく、また表現そのものに現実的な感覚を与えられると考えたせいにもよっています。
 またそのような個人的な理由とは別に、公の美術レベルの問題として、六〇年代前半までつづいてきた美術概念や美学的思考あるいは思潮自体が、ある種の変革を余儀なくされ、その余波が個々の実作者に多かれ少なかれ、かれらのなかにある表現意識をふりかえり、たしかめる機会を与えたと思われます。マルセル・デュシャンに代表されるオブジェ思考も反省の対象であったし、六〇年代におけるトリッキーな空間表現や固定化したメディアからの脱却などもそうですし、さまざまあるなかで、なんといってももっとも風あたりが強かったものに、実作者のそれまでの表現意識あるいは美意識に食い込んでいたもの、〈芸術をつくる〉という認識がありました。
 たしかにそれまで〈芸術〉は想像され、つくられてきましたが、それはあたかも〈アトリエ芸術〉とでもよぶべき、つくられた物体いわば結果だけをみせるようなシステムでしかありませんでした。
 ところが、ある反省の時期を経た実作者たちには、表現は最後にのこるオブジェではなくて、むしろそこにいたるプロセスであり、かれらがどのような考えで、どのような行為の末、いかなる結末をむかえたかがより重要なことだったのです。同時に、その方がひとつの表現のリアリティをもち得ると考えたことです。
 野外にでて、なにかをおこなうこと、もしかして、それは旧来の美術のカテゴリーでは到底カバーできないかもしれず、それを美術における表現とするには無理なところもあるのは十分知っていますが、反面まったく否定し得ない部分もあると思われます。そして実作者が野外にでることによって、新しい様式(それが美術レベルのこととして論理づけられるのは、いつもあとになりますが)を生みだしました。そのひとつにアースワーク、もしくはランド・アートというのがあります。
 このアースワークは、アトリエをもたず、展覧会のたびに現地にいってその場で制作するわたしのようなものには、たいへんむいている様式といえます。ただし、〈様式〉といってもかならずしも方法手段があるわけでもなく、その仕事の場としては現実の自然風土のなかのみでおこなわれることが、強いていえば原則であるかもしれません。だからさしあたって、アースワークとはいったいなにを意味し、なにを表現し、はたして美術レベルのこととして認識できるかどうかをめぐっては、まずはじめに〈自然〉に対する分析、解釈、認識を必要とします。もしこのことをせずしては、ひとつの表現のレベルにはたっし得ないでしょう。

 アースワークは、わたしにとっても重要な作業の一環ですが、その前に自然風土に対するわたしの見解は次のようなものであり、これを根拠にして、現出した状況を意味のレベルにまでもちあげようとしたのでした。
 自然(開放空間)の場では、モノをよりわけ、区別していく、いわば〈仕切る〉という考え方(観念)を流用することができないと思われます。それというのも、自然に対して人工空間であるアトリエや画廊(密室空間)などを考えてみればわかりますが、そういう場における作品とよばれるつくられた物体(概念物)は、それほどモノそれ自体のリアリティを表出しているとはいえません。なぜなら、ここには人の〈仕切りの論理〉が働いているからです。いうなればアトリエや画廊などはある種の特殊な空間で、外部から切り離された独立した場といえます。だからその中にあるものは、どうしても先入観に左右され、物体のリアリティよりもさきに表現とか意味を詮索されることになるでしょう。
 ところが、自然の場ではそうではありません。やはりそこも生活の場でありながら、風景のなかの自然物のどれをとってみても、自然の構成要素としてそれぞれのモノのリアリティをもっています。もしそこに、〈仕切りの論理〉が作用すると、人間においては、有為行為から派生する無為行為や無意味な言動を切りすてるだろうし、事物においては、人間に必要なもの、意味のあるものだけがとりあげられ、無意味なモノや状況、無駄なシステムなどがかえりみられないことになってしまう。
 自然にはおそらく人間にとって直接関係のない事物や事象または領域といったものが数多くあるでしょうし、それを厳密に区別して〈仕切って〉いくことは不可能です。また必然性のあることとも思われません。
 このような自然への認識に反して、これまでの美術の展開は、〈仕切られた〉空間を満たすべく仕組まれてきた歴史といっても過言ではないでしょう。キャンバスのワクもひとつの〈仕切られた〉ものにちがいなく、その表面をカバーする色の組合せもかぎられた空間を〈仕切る論理〉のそれであるし、画廊の壁面のひとつひとつもキャンバスをきわだたせるための〝測られた〟空間といえないことはないのです。
 このほかにも作品やその用いられる場所への有用性、有意性、芸術性、造形性といった、限定し精練していく思考がハバをきかせていますが、アースワークが現実におこなわれるにいたって、このような方法と論理的解釈ではどうにもとらえようがない場が現存することがわかってきたのです。そこはわれわれが生活する空間とつづいていて、しかもアースワークのための空間でもある自然風土だったのです。そこでは〈芸術作品〉を制作していくときのような、無意味で無用な部分を切りすてていくという方法の通用しない場でした。ところが、わたしのような実作者にとっては、そういう場の方がはるかにモノそれ自体をよく見、その本質について考えることができたのです。
 自然がそのまま実作の場として考えられ、そのようなかかわりをもつにいたったとき、それまで多くの実作者が固執してきた〈仕切りの論理〉は、いやおうなく放棄しなければならなくなったといえます。いやむしろ、それまで描かれる対象、あるいは彫刻を置かれる場でしかなかった自然そのものの、人為的になにものをも加味されないありのままのシステムやリアリティの強さが、〈仕切りの論理〉を崩壊させたとする方が妥当でしょう。
 もちろんこの〈仕切りの論理〉によって、なり立ってきた美意識や事物や場に対する考え方が立ちくずれになって、それきりですむはずはないのですから、それにかわる論理が派生してきてもおかしくはありません。かわりのそれについて、わたしなりの命名がゆるされるなら、それを〈依存しあう場の論理〉(たとえば、一定の領域を想定したとき、その領域内に存在するモノはすべて、それぞれになんらかのかかわりがあり、依存しあった状況となっている。だから、その中のひとつのモノにかかわることは、知らないうちに全体の状況にかかわっている)とでもいってよいでしょう。
 それはいわば、現実の自然風土を構成するモノそれぞれが密接な関係にあることを前提にし、その事実にともなう構造性と、かかわった場が〈自然〉という大きな視野からみて、その〈自然〉の本質をうしなうことなく、どのようなトータリティを形成しているかです。

 

 一応、日常の場でもある自然風土をそのまま実作の場とするわたしの考えは、このようなものでした。が、これはまた、アースワークが目指したひとつの方向を暗示するものだったのです。

 

 2 ともかく、アースワークは自然風土をそのままの状況で仕事(制作)の〈現場〉にすることで、事物のリアリティのみならず、あらたに〈場〉(実作者が表現をたくす現実の位置、あるいは場所)の考え方があきらかにされたので、それ以後の美術行為において、〈場〉は、しばしば重要な要件として考えなければならないことでした。もちろん、わたしにしてもアースワークによって喚起された〈場〉の論理がなければ、モノが実在する意味を察知できなかったと思われます。
 この〈場〉の論理について具体的にいい得るならば、〈土〉あるいは〈地〉の論理といってさしつかえありません。〈土〉〈地〉はここで自然空間を表明していますが、もしかして日本でアースワークがほんの一時期の潮流としか考えられず、むしろ無視されたきらいさえあるのは、アースワーク自体への認識不足だけでなく、それがおこなわれる自然、すなわち〈地〉〈土〉に対する実作者の考え方に問題があったと思われます。無視した人々はおそらく自然を自己の思考や観念性に対立する場としてとらえられなかったのでしょう。かれらはあまりにも素直に、すでにある〈事実〉を認めすぎ、それ以上、その場に対立する視野を見いだせなかったのも原因の一端かもしれません。

 

 原則的にアースワークがおこなわれる〈場〉は、自然風土、いわゆるオープン・エアです。そして、実作者の行為はその自然の大地に直接かかわるようになされていきます。この人間がかかわりをもつことによって浮かびあがってくるオープン・エア(野外)における〈場〉は、人工的な(たとえば、建造物などの)空間に対置するものとみなされてよいのですが、ただそれを内側に対する外側、内部(人工的空間)に対する外部(自然空間)という視点の移行だけにとどまらず、もっと大きな視野でながめる必要があると思われます。
 そのような視野で、かりに人間が想像と技術でつくりあげた人工の空間について拡大解釈していくと、建造物の集合した場である都市の全体も、自然空間(外部)に対応して考えるならば、ひとつの内部(人工的空間)といえなくもありません。だからアースワークの、壁や天井、床などのない自然空間への志向、いわば〈外〉へ向かう認識のなかには、たぶんに都市を〈内〉とするような考え方があったと思われます。その意味するところは、おそらく空間を処理する人間の手のおよばない地域と思われ、もしそうなら、そこが〈外〉なのであり、アースワークはそういう〈外〉に、実作者自身がひとつの道具として身を投じてはじめてながめられる状況だったのでしょう。
 それでは実作者が、なんらかの方法で身をゆだねる〈外〉の場(自然の場)は、どのような場所性(ある面では風土性につながる)を持っていたのでしょうか。厳密にいえば、これは現実に実作者が目ざす自然風土に身をおいてはじめて察知できる事柄であろうと思いますが、一般的に考えれば、ひとつには開放性ということがあります。それから連続性、不分離性そして不定形性といった性格などがあります。
 この中で、特にアースワークをおこなうにあたって注意が必要と思われるのは〈不分離性〉で、これは〈場〉の性格の一面であると同時に、自然風土そのものにおける性格の基調をなすものと考えられます。〈不分離〉ということは、簡単にいえば総体から部分を切り離すことができないということです。これは単に物質レベルのことだけでなく、意味の次元でもそう考えられるということです。
 たとえば、土について考えてみます。近頃、都市の周辺部は宅地造成が盛んにおこなわれていますが、そのためにトラックいっぱいに土や土砂を運んでいるのを見かけます。ここではその土や土砂をどこから削り取って、どこの穴埋めをするのかといったことではなく、土そのものがある場所(A地域とします)から削り取られ別の地点(B地域とします)に移されたからといって、〈土〉の実質的価値や意味がかわるかどうかということなのです。
 〈土〉と呼ばれる物質については、いまのところ全体としてしかとらえられないというほかありませんが、部分といったとらえ方が実際のところ可能でしょうか。部分と全体といった認識はたぶんかたちのある、たとえば石のような固形物においては問題なく通用すると思われます。ところが土は固形物ではないので、石の一部分を切り取るといったプロセスをあてはめるわけにはいきません。もし固形物であるならば、大小といった質量の差を意味のちがいとしてとらえることもできるでしょう。しかし、〈土〉には大小といったとらえ方はできません。ただ〈土〉にも様態のちがいといったことはあるといえましょう。ピラミッド状に積み上げられているとか、コンクリートの床に平らに敷かれているとかといった状態のちがいはたしかにありますが、だからといって、〈土〉の本質に対する考え方が変わるはずはないのです。
 先ほどのA地域から運ばれる土を考えてみてください。トラックの荷台に積まれた土は、土の〈部分〉でしょうか。ちがいます。それはA地域の土にはちがいないのですが、〈部分としての土〉ではありません。それ自体が〈土〉の本体であるとともに、A地域とは無関係(あるいは同次元)の土として独立したものです。いわば、それだけの土で全体として解釈されてしかるべきものです。そして、車上の土が〈全体〉として認識されることと同じように、A地域やB地域における土も常に〈全体〉としてとらえられ、ながめられるところの場を形成しています。
 このことを念頭においてアースワークを考えると、場における〈全体性〉は当然アースワークの性格にも反映し、行為を左右する要素のひとつとなっているであろうことは十分に予測されます。また同様のことは意味の次元においてもいえることです。かりに「一握りの土」と「何千トンもある土」といった場合、その多少にかかわらず、土の実質的な意味、役割、実体の在り方などはまったく変わることがないでしょう。それはなぜかというと、〈土〉が自然風土を構成しているさまざまの自然物、水とか空気とか光といったものまで含めて、同等の価値観で支えられているという理由があげられるかもしれません。少なくとも自然物である〈土〉は、人為的な方法でつくりだされた産物ではないので、人間が考案し、人工物に対してだけ有効なメジャーで測る方がどうかしています。
 この考えは〈土〉のみならず、アースワークの場である自然風土全般に流用されてもなんらおかしくないと思われます。つまり、自然風土を測定するメジャーは本来、どこにもないのです。メジャーがなければ、当然〝分離する〟ための実質的な操作はできないことになります。だから、自然風土とアースワークの場所を二重写しにし、のぞいたとき、そこには自然物の〝総和〟としての風景がみられるでしょう。
 さらにまた、アースワークをおこなうにあたって最初に直面する一項があるとすれば、それは〈事実性〉ということです。これは自然風土に降り立つ者にとって、どうしてもさけられない事項でもあります。この〈事実性〉に関しては、実作者の行為の面と、アースワークがおこなわれる現実の土地におけるものと、ふたつの側面を考えなければなりません。
 現実の土地は、ご承知のように、〝実在するモノの連なりあっている場〟で、いわば、そこは〈事実〉だけの世界といえるでしょう。そういうところでアースワークがなされるわけですが、いや、そういうところでなければアースワークが成り立たないといった方がいいかもしれませんが、たとえアースワークにコンセプチュアルな思考の段階があるとしても、実際の作業を起こさせるきっかけになるものは、モノの〈事実〉、そしてそこにみえる現実の風景であることです。このことを自覚しないでアースワークは存立し得ません。
 アースワークはとりあえず、現実の場でなんらかの作業をしなければなりませんが、その作業(行為)はすでにある〈事実〉を起点としておこなわれます。そして時間の経過とともに、なんらかの作業がなされたあと、その場を望見するならば、作業所の場とは当然ちがって見えるわけです。いうなればある〈事実〉が別のあらたな〈事実〉を現出させている場であるといえます。だからアースワークは、〈事実〉と〈事実〉との間に、ひとつのシステムとして意味をもたせる作業(その意味が人間にとって必要で、美学上の問題として扱われるかどうかは後日をまたなければなりませんが)といえるでしょう。

 

 実際のところ、実作者(わたしも含めて)が表現の一様式としてアースワークをつづけていくことはかなり苦しいことです。というのも、現在の美術の意味のコードには、〝自然のモノや、すでにある状況〟を表現されたものとして受けいれるコードが確立していないからです。しかし、受け手の遅れはともかく、アースワークが現実におこなわれ、現状の美術概念を再考させるきっかけになったことの意味は大きいと思われます。
 単なる実作者にとって、「現代芸術とは何か」と大上段に問われてもはっきりと定義できないのが現状ですが、あえてひとつ上げるとすれば、アースワークに示されたように、美術のジャンルだけを問題にするなら、モノの事実性および、システムとしての〈場〉の認識をぬきにして、〝現代美術〟を語れないと思われることです。美術に手をそめている者にとって、空理空論だけに明け暮れするほど空しいことはありません。実作者というならば、ときにはことばなどが通用しない場で、直面するなにかを強引にでも、ねじふせる表現力と観念力が必要であることはいうまでもないでしょう。表現とは、そんな〈事実〉をふまえなければ、ことばにおきかえられないものです。

初出:『現代思想』特集・現代芸術の思想、第5巻第5号、1977年