周囲考 樹下無限(1990)

菅 木志雄

 

 人は、何十年も生きていると、無数のものやできごと、光景を見てきていると思う。それらが自分にとって、悪い印象のものであろうと、心地よいなにかであろうと、たいがい同じレベルでながめ、それなりの感じ方や受けとり方をするだろう。心地よいものやできごとだけが、意識の底に沈澱し、記憶されることはなく、イヤなものや光景も、意識には残るものだ。
 アーティストのこのような意識の装置は、特別で特殊なものだろうかと、わたしはときどき考えることがある。同じように見、同じように意識しても、アーティストのそれは、なぜか少々異質な気がする。現実に見えるものも光景も、へだてなく万人にその全体をあきらかにしている。見えるものを見る、これはなんのテライもないあたりまえのことだが、アーティストは、見えるもの以外の、カタチなきもの、正体なきなにものかを見ている場合が多いかもしれない。ものにおける物性、存在性といういい方があるが、アーティストは、ものをウシロから支える、こういう不確定要素を見る力があるようである。
 アーティストがなにかを伝達したり、プレゼンテーションしたりするとき、この不確定要素が基本になるのかもしれない。だからときにはその表現はシドロモドロとなり、第三者が聞いてもなんのことだかよくわからないということになる。だいたい、現代アートで、記憶や印象やそれに類した認識が、実作物の原形になったり、表示作用の基になっていると考えるのは妥当でないと思われる。これは、わたし自身の経験上からいっても、ほとんどありえないといっていい。記憶やできごとや印象は、いわば過去の空間や時間の残骸であり、わたしは、その残骸をかきまわしているほど、気が長いわけでも、自分の行為の落ち着き先に困っているわけでもない。
 わたしはいつも、これから先のことが気にかかる。これから先の記憶も印象もなにもないが、現実にわたしは、実作し、ものを表わしている。これまでの意識と、これから先の意識とがのっている場所は一枚岩でつながっているけれど、よく見ると、間をわける線がある。つまり領界線である。記憶や印象は、これまでの意識の構築要素であり、すでに一度思考の俎上にのっている。これから先の意識は、まだ具体的なものにむすびついていない。だから、ただ世界の全体を感じるような状態である。このふたつの意識の在り様を位置づけるならば、前者は内部(内側)であり、後者は、外部(外側)となるだろうか。間をわける線は、この内部と外部をわける線だったのであり、内部を囲っている線の外縁は、外部に接しており、逆に外部を保持している線は、内部に接していることになる。接している線の状態はどちらにとっても、周囲を形成するものである。それが一部の区間とはいえ、共有されていることを思えば、それぞれを切りはなして、どちらか一方の独立した意識の領界のみを重く用いることはできない。むしろ、ときに応じて、できあいの意識と、まだ突出してこない意識とが混じり合う場面もあることを想定してもよいだろう。意識の領域が内部と外部でたがいに交叉した結果、どのように変化し、どのような予想もつかない周縁を形成するか、わたしには興味がある。
 もし、あらたな周縁が形成されるとなれば、それは同時に、それまでなかった意識そのものの生起をみることである。人の身体はつねにそのような可能性を含んでいると思われる。
 実作をする場合、わたしは、多く外部に身をゆだねている。内部を有限ととらえれば、外部は無限の場であり、わたしはそこで自分の思考にそくしたなにものかをさがして歩きまわる。歩きまわるときに、思考の目的性が明確である場合もあるし、そうでない場合もある。どちらかといえば、ハッキリしていないほうが多いかもしれない。歩きまわるうちに、徐々に、それは完成にむかう。実際に道具を用い、素材を切りはりしなくても、思考は水もれもなく精錬され、純化され、完成品として立ちあがる。
 わたしは、素材を〈作品化〉するとき、それほど長い時間をかけない。かけようと思ってもかけられないのである。前述したように思考そのもので、出来上がっているゆえに、手ワザの未熟さが上達するのを待っていられないのである。またこうも考える。未熟さは、技巧のマズサであって、アートの精髄にはなんらかかわりがないのだと。さらにまた、もの(素材も含めて)に、未熟なものなどありえようはずがない。どんな小さな木片でも、完成されたもののひとつにちがいないと。
 わたしの〈歩きまわる〉性癖は、いまにかぎったことではない。アートをやる以前から、それは小さい子供の頃から、森や町中をフラフラしていた。大学に入って、トウキョウに出た頃から、わたしは巨大な人工空間に埋没することになった。もっぱら、映画館と喫茶店に一日中いるのが仕事のようなものだった。喫茶店をなん軒も渡り歩く、奇妙な生活だった。ほかにもたぶんいくところがあったのに喫茶店をえらんだのは、建物はもちろん、その内部の調度品やテーブルや椅子、そしてまたそこで働く人々や、やってくる客さえも、すべて自分に無関係な存在だったからである。あらゆるものにつながりがないというのは、じつに気持のよいものだった。自分自身の存在だけが、妙に自覚されて、どんなに混雑した店内でも独りになれた。わたしの〈周囲〉への近づき方は、そういうふうに絶対的な距離をもったものだった。
 喫茶店をえらんだ理由は、もうひとつある。喫茶店は、日々あらたな空間感覚を提供してくれるものだった。どのような喫茶店でも、わたしは馴れしたしむことをしなかった。そこにいる店員と気やすくことばを交わしはしなかった。室内は、つねに新鮮な空気に満ち、新しい空間体験を与えてくれるものでなければ気にいらなかった。手アカで汚れるという感覚が好きではなかった。わたしは〈周囲〉にいつも、それまでにない体験を期待していた。
 第三者は、わたしの〈作品〉になかなかなじめず、中に入りこめないだろうと思われる。そのことは、展覧会場に見にくる人々を観察していて、推測できるが、それは当然のことと、わたし自身思っている。閉鎖性──それはものの構築においても、思考や観念においてもいえるものである。そしてそれはわたし自身としては、意識され、意図されたものであるということができる。簡単に第三者が入りこめる空間性は、悪意のない、したしみに縁どられたものであり、わたしは自分の設定した空間やものにそのような従順さをのぞんでいない。厳密にいえば、そのことは、わたしのアートに対する姿勢であり、アートが人に対して、このような様相で対応しているだろうと推測されるゆえのものでもあった。
 〈作品〉におけるわたしの閉鎖性や排他性、そして第三者との距離のとり方は、おおかた映画館や喫茶店の徘徊で実戦的につちかわれたものである。もちろん生得的な資質としてもっている部分もあると思われるけれど、アートのゆく末が、私的な場から公の場にうつされて最終的に落ち着くものだと考えると、私的なものを生かしながら、それなりに存立させるには不可侵の距離が必要と思われる。
 この〈不可侵の距離〉の保持は、現在おこなわれている仕事についても、重要な事柄としてあつかわれている。わたしがこれほど〈不可侵の距離〉に執着するのは、空間や場やもの、それからできごとなどの全体性を考えるからである。「どのひとつが欠けても成り立たない」と、わたしは実際に動きまわり、手を動かしながら思いつづけている。
 ところで、全体性ということが、つねに思考の重要な位置にありながら、かすかな無力感にとらわれることがある。なぜなら、全体性が成り立つためには、ある知覚できる状態が必要であり、そこは、知覚できる要素が入りみだれている領域であるとされなくないのである。意識がゆきわたる様態のものだけに対応するのであれば、そこにはなにも領界性や全体性を設定しなくても、十分に納得のいく解釈ができるだろう。
 しかし、現実にわたしの対応している空間は、仮定にしろひとつの領界性を設定し、その上で全体性を了解しなければ、リアリティを生みだしえないもののように思われる。〝知覚できる要素と、できない要素とが入りみだれている領域〟を、わたしは〈周囲〉と規定している。
 〈周囲〉とは、有限性と無限性とのハザマみたいなところで、そのどちらも同時にもちあわせている。またものの移動と静止が一見なんの脈絡もなくおこなわれるところである。全体性をとらえるのに、意識的に〈周囲〉をつくりだすことが必要である。〈周囲〉そのものを構築し、実体化する。わたしは、いまそれにとらわれている。といって、現実にものの〈周囲〉、人の〈周囲〉と思われるところは、いわば意識がとぎれとぎれにしかゆきとどかないところなので、そっくりそのまま、立ちあがらせることができない。せいぜいそのあたりに散らばるものと意識の断片とをつなぎあわせるしかないのである。
 そうなると、永久に全体性などということは、単に解釈と分析のキーワードとして、あるいは記号としてのみ実作者の実践の手助けをしているものなのか──いやそうではないと思う。これは少し強引な思考の転換かもしれないが、われわれが生息し、すみずみまで意識がとどき、概念化された種々のもので囲まれたこの空間こそが、〈周囲〉なのだと規定する。ものを〈つくる〉ことは、いわば〈周囲〉をつくることの一環であるとするのは、あまりにもうがった考え方であろうか。
 人は、それぞれに自分を真ん中において考えるために、そこが世界の中心であると思いがちである。すべての人がそういう思いをもっていれば、世界は無数にあり、中心もそれに即応して無数である。しかし、〈周囲〉という認識は、たったひとつの真ん中しか要求しない。だから、人がもっている世界の中心は、幻想にすぎない。ひとりの人がもっている中心性が、〈周囲〉を成り立たせるほど、強力なエナジーを発散させはしない。またこれは、無数にいるニンゲンを考えるなら、おかしい論理である。アーティストもまた、無数のなかのひとりにすぎない。いかように自己の中心の在り様を叫ぼうが、その声は、〈周囲〉にはとどかない。それも道理で、それぞれがいる領域が、〈周囲〉そのものだからである。
 わたしは、自分の家の玄関を出て、外をながめる。見馴れすぎた景色なので、特別の知覚刺激もよびさまさない場合が多いが、ときに、誰が置いたのか直径三〇センチもある石が道の脇においてあったりすると、静まっている意識がおきあがる。〈周囲〉は、そのように突発的な事態がおこりうる領域であり、ものを〈つくる〉というのは、その不確定な要因を、確定的な要因におきかえるというのでなしに、不確定であるその事実性を明確にするやり方のひとつである。

初出: 『「菅木志雄──まなざしの周辺」展図録』1990年、東高現代美術館